「どうして年をとると、老化細胞が体内にたまっていくのでしょうか?」
老化細胞は、増殖を停止したまま体内に残り、炎症性物質などを分泌する細胞です。加齢とともに多くの組織で増え、マウスでは老化細胞を除去すると、さまざまな加齢性変化が改善することが分かっています。
では、老化細胞が年齢とともに増えるのは、作られる量が増えるからなのか。それとも、取り除く力が弱くなるからなのか。あるいは、その両方なのでしょうか。
この問題を絞り込むのに使われたのが、若いマウスと老いたマウスの血液循環を共有させる「パラビオシス」です。
実験結果と数理モデルを組み合わせると、老化細胞の蓄積には、「加齢に伴う生成増加」と「除去能力の低下」の両方が必要であることが見えてきました。
そして、この結果は、別の実験から導かれていた「SRモデル(老化細胞除去飽和モデル)」ともよく整合しました。
参考記事:「まるで吸血鬼伝説:若い血液が老化を逆転する驚きの実験」
老化細胞がたまる仕組みを調べたパラビオシス試験
Yousefzadehらは、若い4か月齢と老いた18か月齢のマウスを組み合わせ、約2か月間血液循環を共有させました(出典1)。
組み合わせは次の4種類です。
- YY:若いマウス同士
- YO:若老ペアの若いマウス
- OY:若老ペアの老いたマウス
- OO:老いたマウス同士
研究者らは、肝臓、腎臓、肺、膵臓、脳、骨格筋、心臓などで、老化細胞の指標となるp16、p21や、炎症性物質であるSASP関連遺伝子を測定しました。
したがって厳密には「老化細胞そのものを一個ずつ数えた実験」ではありません。以下では、これらの指標から推定されるものを「老化細胞負荷」と呼びます。
その結果、全体として、
YY < YO < OY < OO
という順序が観察されました(出典1、2)。
つまり、老いたマウスを若いマウスにつなぐと老化細胞負荷が低下し、逆に若いマウスではわずかに増加しました。
ここから重要な疑問が生じます。
どのような老化細胞の生成・除去メカニズムなら、この順序を説明できるのでしょうか。
SRモデルとは
このパラビオシス研究より前に、研究者らはマウスの老化細胞量を長期間追跡したデータを数理解析し、「SRモデル(saturating removal model=老化細胞除去飽和モデル)」を提案していました(出典3)。
SRモデルの基本的な考え方は次のとおりです。
年齢が上がるほど、単位時間あたりに新しく生まれる老化細胞の数が増える。
一方、若いうちは免疫系などによる除去能力に余裕があるため、発生した老化細胞の多くは速やかに除去されます。
ところが老化細胞が増えてくると、除去系が飽和・疲弊したり、老化細胞自身が作る因子などによって除去が妨げられたりして、老化細胞が増えるほど一個あたりの除去速度が低下すると考えます。
その結果、
生成増加 + 除去低下 → 老化細胞の加速的な蓄積
が起こります。
重要なのは、SRモデルでは「年齢だけを理由に免疫機能が一律に低下する」と仮定しているわけではないことです。
老化細胞の増加そのものによって、除去系が処理能力の限界へ近づくという考え方が特徴です。
16モデルを比較すると何が分かったのか
Karinらはその後、Yousefzadehらのパラビオシス実験データを再解析し、老化細胞が蓄積する仕組みとして16種類の数理モデルを比較しました(出典2)。
その16モデルは、次の4つの基本的な仕組みを「含む/含まない」で組み合わせたものです。
PIA:加齢に伴って老化細胞の生成率が増える
PIS:老化細胞が周囲の細胞の老化を促し、生成を自己促進する
RDA:加齢そのものによって老化細胞の除去能力が低下する
RDS:老化細胞が増えるほど、その除去能力が低下する
この4つについて「ある・ない」のすべての組み合わせを作ると、全部で16モデルになります。
SRモデルは、この中のPIA+RDSです。
研究者らは、16モデルそれぞれについて、
YY < YO < OY < OO
を再現できるかを調べました(出典2)。
10モデルはパラビオシスの結果と整合しなかった
16モデルのうち10モデルは、この順序を説明できませんでした。
例えば、「加齢とともに老化細胞の生成だけが増える」とするPIAだけでは不十分でした。
逆に、「加齢によって除去能力だけが低下する」とするRDAだけでも説明できませんでした。
つまり、
生成側だけが変化する
あるいは、
除去側だけが変化する
という仕組みでは、若老パラビオシスの結果を説明できなかったのです。
実験結果と整合したのは6モデル
一方、6モデルはYY < YO < OY < OOと整合しました。
それらすべてに共通していた条件は、
老化細胞の生成が加齢とともに増えること
に加えて、
老化細胞の除去能力も低下すること
でした。
除去低下については、「加齢そのものによって低下するRDA」でも、「老化細胞が増えるほど低下するRDS」でも、パラビオシスの結果を説明できました。
したがって、このパラビオシス試験だけでは、RDAとRDSのどちらが正しいかまでは決められません。
これが重要なポイントです。
なぜSRモデルが有力候補となったのか?
では、実験結果と整合した6モデルの中で、なぜSRモデルが注目されるのでしょうか。
理由は、SRモデルがパラビオシスとは独立したデータから、すでに導かれていたからです。
2019年の研究では、マウス33匹について、若齢から高齢期までp16-luciferaseによる老化細胞負荷を繰り返し測定しました。(出典3)
さまざまな生成・除去モデルを比較した結果、観察された老化細胞の増え方や個体差を比較的シンプルに説明できたのが、
「老化細胞の生成率が加齢とともに増える」
そして、
「老化細胞が増えるほど、その除去速度が低下する」
というSRモデルでした(出典3)。
さらに、マウスの肺にbleomycinで老化細胞を人為的に誘導し、その後どれほど速く減少するかを調べました。
若い3か月齢マウスでは老化細胞の半減期は約5日でしたが、22か月齢の老齢マウスでは約18~25日程度まで延長し、老齢になると老化細胞の除去が遅くなるというSRモデルの予測と整合しました(出典3)。
そこへ、独立したパラビオシス研究からも、
「生成増加」と「除去低下」の両方が必要
という結論が得られました。
つまり重要なのは、
「パラビオシス試験によってSRモデルだけが唯一残った」ことではありません。
異なる実験から得られた結果が、SRモデルの示す方向に収束したことです。
この点が、SRモデルを老化細胞蓄積の有力な数理モデルと考える理由です。
若いマウスの「除去余力」を老いたマウスが利用する
SRモデルを使うと、YY < YO < OY < OOという結果を直感的に説明できます。
若いマウスでは老化細胞が少ないため、老化細胞を処理する除去系にまだ余裕があります。
一方、老いたマウスでは老化細胞が多く、除去系は飽和に近づいています。
若いマウスと老いたマウスをつなぐと、血液中を循環する免疫細胞などの除去系が共有されます。
SRモデルでは、この状態を若いマウスが持っている「除去余力」の一部を老いたマウス側が利用すると解釈します(出典2)。
その結果、老いた側では老化細胞負荷が低下します。
逆に若い側では、自分だけで使えていた除去余力の一部を老いた側と共有するため、老化細胞負荷がわずかに増えると説明できます。
ただし、ここは注意が必要です。
「除去余力が移動した」こと自体を直接測定したわけではありません。
これは、SRモデルがパラビオシスの結果を説明する際に示した機序的な解釈です。
「老化細胞が仲間を増やす」だけでは説明できない
老化細胞はSASPと呼ばれるさまざまな物質を放出します。
その影響で周囲の正常細胞にもsenescenceが誘導される「secondary senescence(傍分泌性老化)」は、実験的に確認されている現象です。
16モデルの中では、老化細胞が老化細胞の生成を自己促進する仕組みをPISと呼んでいます。
しかし、PISだけではYY < YO < OY < OOを説明できませんでした。
一方で、PISを含んでいても、「加齢に伴う生成増加」と「除去能力の低下」を併せ持つ一部のモデルは、パラビオシス結果と整合しました。
したがって、この研究から、
「老化細胞が周囲の細胞を老化させる現象は存在しない」
とは言えません。
正確には、
「老化細胞が仲間を増やす作用だけでは、加齢に伴う老化細胞蓄積全体を説明できない」
ということです。
数理モデルは「答えを証明する」のではなく、候補を絞り込む
今回の研究の面白さは、パラビオシスそのものだけではありません。
複雑な老化現象を、
老化細胞がどれくらい作られるか
と、
老化細胞がどれくらい取り除かれるか
という2つの流れに分け、数理モデルとして比較した点にあります。
その結果、「生成だけ」「除去だけ」という単純な説明を排除し、生成増加と除去低下の両方が必要というところまで候補を絞り込むことができました。
さらに、別の縦断研究から作られたSRモデルが、パラビオシスでも観察された変化を説明しました。
このように数理モデルは、「これが唯一の真実だ」と証明する道具というより、
多くの仮説の中から、実験結果と矛盾するものを落とし、次に検証すべき仮説を絞り込む道具
として力を発揮します。
SRモデルがまだ答えていない重要な問題
SRモデルは、老化細胞が年齢とともにたまっていく「数の動き」をよく説明します。
しかし、
なぜ年齢とともに新しい老化細胞が生まれやすくなるのか
という分子メカニズムそのものを説明したモデルではありません。
老化細胞は、DNA損傷、テロメア障害、ミトコンドリア機能障害、エピゲノム異常など、複数の経路から生じます。
したがって、SRモデルでいう「加齢とともに増える老化細胞生成率」は、これら複数の原因をまとめた結果と考えるのが自然です。
「老化細胞がどうたまるのか」と、「なぜ老化細胞が生まれるのか」は、分けて考える必要があります。
これは、現在も老化研究に残されている重要な問題です。
まとめ:パラビオシスが教えてくれたこと
パラビオシス試験から分かったのは、「SRモデルだけが唯一正しかった」ということではありません。
より重要なのは、
老化細胞の蓄積を説明するには、加齢に伴う生成増加と、除去能力の低下の両方が必要である
ということです。
16モデルのうち10モデルはこの条件を満たさず、6モデルが実験結果と整合しました。
その6モデルの一つであるSRモデルは、パラビオシスとは独立した縦断データと除去実験からすでに導かれており、パラビオシス結果もその方向と一致しました。
つまり現在の証拠からは、
老化細胞は「作られる量が増える」だけでも、「取り除く力が弱くなる」だけでもなく、その両方が重なって蓄積していく
と考えるのが妥当です。
そして次の大きな問いは、
「では、なぜ年齢とともに老化細胞が生まれやすくなるのか?」
です。
この問いを解くことが、老化の仕組みをさらに深く理解する次のステップになります。
参考記事:老化は数式で説明できる!「老化細胞除去飽和モデル」の衝撃
参考記事:【2025年版】科学的に正しいピンピンコロリな健康長寿法とは?
出典
- Matthew J. Yousefzadeh et al., 2020, “Heterochronic parabiosis regulates the extent of cellular senescence in multiple tissues” Geroscience. 2020 Jun;42(3):951-961. doi: 10.1007/s11357-020-00185-1. PMID: 32285290.
- Omer Karin et al., 2021, “Senescent cell accumulation mechanisms inferred from parabiosis” Geroscience. 2021 Feb;43(1):329-341. doi: 10.1007/s11357-020-00286-x. Epub 2020 Nov 25. PMID: 33236264.
- Omer Karin et al., 2019, “Senescent cell turnover slows with age providing an explanation for the Gompertz law” Nat Commun. 2019 Dec 2;10(1):5495. doi: 10.1038/s41467-019-13192-4. PMID: 31792199.
