最近の高齢者は驚くほどアクティブです。コンサートに出かけ、温泉で癒やされ、ジムで汗を流す。まるで現役世代のように活動的な方も多くなっています。
そんな元気な高齢者が、意外にも「転びやすい」のはなぜなのでしょうか?
つまずいたり、階段を踏み外したり、捻挫をしたりと、日常の中での“ヒヤリ”は他人事ではありません。
この記事では、「なぜ元気なのに転びやすくなるのか?」という疑問に対して、科学的な視点から深掘りしていきます。
転倒は単なる不注意ではなく、“老化のサイン”かもしれません。介護を避け、自立生活を続けたい方こそ、ぜひ最後までお読みください。介護回避のために、どんな習慣を取り入れればいいかが分かるはずです。
筋肉量よりも「瞬発力」が早く衰える
見た目が元気な高齢者でも、体の中では見えない変化が進んでいます。
特に注目すべきは、筋肉量よりも「瞬発力(筋パワー)」の衰えが早く起こるという事実です。
例えば、70代男性の下肢筋肉量は1年で平均0.43%しか減りませんが、瞬発力は年3.34%も減少します(出典1)。
女性でも筋肉量の減少は0.37%にとどまるのに対し、瞬発力は3.50%も低下しています。
筋肉量がそれほど減っていないので「まだまだ元気に歩ける」と思いがちですが、つまずいたときに瞬間的に反応する力(=瞬発力)が足りないことで、転倒や捻挫を招くのです。
特に、後ろや横に倒れると頭部を強打したり、大腿骨を骨折したりと、一気に要介護リスクが高まる事態につながります。
遅筋よりも「速筋」が早く衰える
筋肉には「遅筋(ちきん)」と「速筋(そっきん)」があります。
- 遅筋は小さな力を長く出すのが得意で、ウォーキングなどの持久運動で使われます。
- 速筋は大きな力を瞬間的に出すのが得意で、つまずいたときに反応する筋肉です。
実は加齢により顕著に萎縮するのはこの速筋の方であり(出典2)、しかも神経の変性まで伴います。
つまり、ただ衰えるだけでなく「指令を出す神経も弱っている」ため、ますます瞬間的な反応が遅れてしまうのです。
ですが、この速筋はトレーニングで再活性化することができます。次に、どう鍛えるかを見ていきましょう。
高齢者の転倒対策:速筋を鍛えよう
「1日1万歩」「週に何回もウォーキング」など、歩くことを習慣にしている方は多いと思います。
しかし、ゆっくりとしたウォーキングでは速筋は鍛えられません。なぜなら5分以上継続できる運動は主に遅筋の活動だからです。
ではジョギングならどうか?実は、月に200〜300km走る70代のランナーでも、運動していない人と速筋の大きさは変わらないというデータがあります。
そう、有酸素運動では、だめなのです。
無酸素運動=筋トレが必要なのです。
クーラーのある自宅でできる「浅くて速いスクワット」がおすすめです。
① 中腰位置から椅子の座面にお尻をタッチ
② 座面から元の中腰位置へ
③ ①⇒②を20秒間できる限り速く繰り返す
④ 10秒間足踏みして休憩
ここまでで1セット
まずは、1セットから始めてください。3セットを習慣にしましょう。筋肉を鍛えるにはこれ以上できない感が出るまでやるのがコツ。
1セットでも、きつい人は椅子座面に座布団を重ねてスクワット強度を調節してください。
この筋トレは週3回(例:月・水・金)を習慣化してください。
「筋肉は4日間使わないと衰える」ことを肝に銘じて。
足の老化度をセルフチェック:「10回立ち座りテスト」
自宅で簡単に足の瞬発力を測る方法が「10回立ち座りテスト」です。
やり方 (文献3)
- 安定した椅子の前に立つ
- 合図で椅子に座り、すぐに立ち上がる(膝がまっすぐ伸びたところで1回)
- これを10回繰り返し、かかった時間を測る
標準値
■ 男性用標準値表
年齢 | 速い | 普通 | 遅い |
---|---|---|---|
20~39歳 | ~6秒 | 7~9秒 | 10秒~ |
40~49歳 | ~7秒 | 8~10秒 | 11秒~ |
50~59歳 | ~7秒 | 8~12秒 | 13秒~ |
60~69歳 | ~8秒 | 9~13秒 | 14秒~ |
70~75歳 | ~9秒 | 10~17秒 | 18秒~ |
■ 女性用標準値表
年齢 | 速い | 普通 | 遅い |
---|---|---|---|
20~39歳 | ~7秒 | 8~9秒 | 10秒~ |
40~49歳 | ~7秒 | 8~10秒 | 11秒~ |
50~59歳 | ~7秒 | 8~12秒 | 13秒~ |
60~69歳 | ~8秒 | 9~16秒 | 17秒~ |
70~75歳 | ~10秒 | 11~20秒 | 21秒~ |
判定が「遅い」と出た方は、速筋がかなり衰えているサイン。
今すぐ「浅くて速いスクワット」を習慣に取り入れましょう!
まとめ
元気な高齢者が転倒しやすい理由は、「筋肉量が減ったから」ではなく、瞬間的に反応する「速筋」の衰えが進んでいるためです。
これは自覚しにくいですが、実は非常に大きなリスクです。
- 転倒→骨折→寝たきり→要介護、という負のスパイラルは、予防が肝心。
- 「浅くて速いスクワット」で速筋を再活性化。
- 「10回立ち座りテスト」で足の老化度をチェックしてみましょう。
転ばぬ先の筋トレ。今日から1日おきの「浅くて速いスクワット」新習慣を、始めてみませんか?
今回は、瞬発力に焦点を当てましたが、高齢者は筋肉量も重要なことは忘れないでください。
⇒参考記事:高齢者が運動する上で、知っておくべきこと──科学的根拠に基づく「正しい努力」で健康寿命を延ばすために
出典
◆「出典」から根拠論文にアクセス!このブログの使い方ガイド
◆ 無料の論文解説AIで英語論文を読もう!~難解な論文もスラスラ読める~
- Sabine Wiegmann et al., 2021, “Longitudinal changes in muscle power compared to muscle strength and mass” J Musculoskelet Neuronal Interact. 2021 Mar;21(1):13-25. 無料
- J Lexell, 1995, “Human aging, muscle mass, and fiber type composition” J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 1995 Nov;50(Special Issue):11-16. doi: 10.1093/gerona/50a.special_issue.11. 有料
- 「椅子座り立ちテストの方法」公益財団法人 健康・体力づくり事業財団 https://www.health-net.or.jp/tairyoku_up/sokutei/fitness/t01_01_02.html 無料